Friday, June 1, 2012

終末時計

Doomsday clockの存在を知っていますか?1947年にアメリカの科学誌Bulletin of the Atomic Scientists(原子力科学者会報)の表紙絵として誕生。1989年10月号からは、の脅威のみならず、気候変動による環境破壊生命科学の負の側面による脅威なども考慮して針の動きが決定されている。昨年のF1のことでこの分針は1分進んだ。仮想的ではあるが12時を指したとき世界は終焉を迎えると言われている。審判の日まで残り5分。しかし、私は思うのです。この概念は第二次世界大戦後の価値観によるものであり実のところパラダイムシフトによる新時代幕開けへのカウントダウンではないだろうかと仮想してもいる。何れにしても残り5分なのだ。


Nikon D300 60mm Micro f2.8

Tuesday, May 29, 2012

存在は世界そのもの

直感力は技術を養い、技術は直感を表現する。思考することで物事は革新し、思考は直感を形にする。それらの根底には自分そのものが存在し、存在は世界そのものなのだ。

Nikon D300 24-85mm f2.8-f4

Sunday, May 20, 2012

こころの在り方

こころを解き放つと、こころの旅がはじまる。

Nikon F5 50mm f1.4, PORTRA400VC

Monday, May 14, 2012

人と重力と滞空時間

人にはいくつかのパターンやタイプがあるかと思うのですが、石橋を叩いて渡るタイプ。叩いたうえやっぱりやめるタイプ。勢いでとびこむタイプなどなど、生きているとそういった節目に何度か遭遇するように思います。石橋を叩くタイプは確信的な人だと思うのですが、勢いでとぶタイプはdiveなのかflyなのか?何れにせよ、いつもまでも浮いていることは難しいと思うのでその滞空時間はとびだす決断をした時の決意の深さと根底にある意志の強さで決まるように思います。それがしっかりしていればある程度の重力や反重力を味方につけ浮遊することが出来るように思うのです。

Nikon F5 50mm f1.4, PORTRA400VC

Sunday, May 13, 2012

母の日

女性の愛は深い。
ことに母の愛は無条件の愛だ。

Canon AE-1 50mm f1.4, SG400

Friday, May 11, 2012

道はつづいてゆく。

私は毎日過ちを重ねて生きている。明日も、あさってもミステイク、ミステイク、ミステイク。だけどその過ちは今日を歩いてゆく道標になっているのだと思っているのです。

Nikon F2 55mm f1.2, Ektar100

Thursday, May 10, 2012

二つの世界。交差する宇宙。

90年代初頭にはインターネット(バーチャルワールド)から、おちる(現実世界へ)という概念がありましたが、そもおちるという言回し、感覚に違和感を感じつつも心地よさもありました。それは戻る場所が無意識化に存在していたからではないだろうか。今はどうだろう?二つの世界が交差して融合しもう一人の自分を生み出し、自分の今いる場所が現実なのか非現実なのか曖昧になり、曖昧な価値はどちらの世界においてもを何ものでもない自分を想像し存在を希薄にしてはいないだろうか?人は帰る場所で持つ個性で存在できるものではないだろうか?


人は非現実世界で自分に対面するように思う。


Rollei 35s Sonnar 40mm f2.8, Ektar100 with PS